エピクロスの快楽主義とは? 贅沢ではなく「心の平静」を求めた哲学

「エピキュリアン」という言葉は、英語で美食家や快楽を追い求める人を指すことがあります。その語源になった古代ギリシアの哲学者エピクロスは、確かに快楽を人生の目的としました。ところが、彼自身はわずかなもので満足する、質素な暮らしで知られていたのです。
3行でわかる
- エピクロスは快楽を人生の目的としたが、その快楽とは、体の苦痛がなく、心が乱されていない状態のことだった。
- 欲求を、自然で必要なもの、自然だが必要ではないもの、空しいもの、に分けて見極めることを説いた。
- 死や神々への恐れが不安の主な原因だとし、「死は私たちにとって何ものでもない」と論じた。
01これは何か(人物・概念の正体)
エピクロスの快楽主義とは、人生の目的は快楽であり、その快楽とは体の苦痛と心の乱れがない状態だ、とする考え方です。
エピクロス(紀元前341〜270年)は古代ギリシアの哲学者です。アテナイで土地を買い、そこは「庭園」と呼ばれて、彼の学派の拠点になりました[1]。
エピクロスにとっての幸福とは、体の苦痛がなく、心が乱されていないことでした[1]。この心の平静は「アタラクシア」と呼ばれます。
02どんな時代・文脈で生まれたのか
エピクロスは、人々の不安の根っこには、死や神々の罰への恐れがあると考え、それを取り除く哲学を目指した。
エピクロスは、人が自分でも気づかないうちに抱いている死と罰への恐れが、不安の主な原因だと考えました[1]。
世界が原子からできているという考え方を、エピクロスは先人のデモクリトスらから受け継いでいます[1]。この自然の見方も、神々への恐れを和らげる役割を担っていました。
03中心の思想を、生活の言葉で
欲求には、自然で必要なもの、自然だが必要ではないもの、空しいものがある。見極めて満たすことで、心は平静になる。
『メノイケウス宛の手紙』[1]
エピクロスの倫理の要点をまとめたこの手紙では、欲求の見極めが説かれている。自然な欲求の中には、必要なものと、自然なだけで必要ではないものがある。そして、中身のない言葉が指すものを求める欲求は「空しい欲求」とされた。また、私たちが存在するとき死は存在せず、死が訪れたとき私たちは存在しない、と論じた。
よくある誤解: エピクロスの快楽主義は、贅沢や享楽のすすめではない。彼はわずかなもので満足することで知られていた。
エピクロスは友情も大切にしました。「友情は世界を踊りめぐり、幸福に目覚めよと私たちみなに告げる」という言葉が残っています[1]。
04今の生活・現代社会での意味
「もっと欲しい」が止まらない時代に、本当に必要なものは何かを見極める考え方として読まれている。
欲求の仕分け
欲しいものを「生きるのに必要なもの」「なくても困らないもの」「人に見せるためのもの」に分けると、満足の基準が見えてくる。
死への不安との付き合い方
「死は私たちにとって何ものでもない」という議論は、死への恐れについて考える古典的な手がかりとして今も論じられている。
05関連する哲学者・概念
同じく「幸福とは何か」を問ったアリストテレスや、心の平静を求めたストア派と比べると違いが分かる。
06よくある質問
エピクロスの快楽主義とは簡単に言うと?
人生の目的は快楽であり、その快楽とは体の苦痛と心の乱れがない状態だ、という考え方です。贅沢のすすめではありません。
アタラクシアとは?
心が乱されていない、平静な状態のことです。エピクロスは、体の苦痛がないことと並んで、これを幸福の中身としました。
「死は私たちにとって何ものでもない」とは?
私たちが存在するとき死は存在せず、死が訪れたとき私たちは存在しない。だから死を恐れる必要はない、という議論です。
出典
- Konstan, D. "Epicurus." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/epicurus/
- "Epicurus." Internet Encyclopedia of Philosophy. https://iep.utm.edu/epicur/
- Moore, A. "Hedonism." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/hedonism/