ミルの「危害原理」とは? 他人に迷惑をかけなければ何をしてもいいのか

「人に迷惑をかけなければ、何をしても自由」。そう考える人は多いでしょう。この考えの源流の一つが、19世紀イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルの「危害原理」です。ただしミルの議論は、ただの「自由放任」ではありませんでした。
3行でわかる
- ミルは『自由論』(1859年)で、個人の自由を本人の意に反して制限してよいのは、他人への危害を防ぐ場合だけだと説いた。
- 本人のためになるから、という理由(パターナリズム)は、自由を制限する十分な理由にならないとした。
- ミルは、少数意見を抑え込む「多数者の専制」を警戒し、言論の自由を強く擁護した。
01これは何か(人物・概念の正体)
危害原理とは、社会が個人の自由に干渉してよいのは、他人への危害を防ぐ場合に限られる、という原則です。
ジョン・スチュアート・ミル(1806〜1873年)は、イギリスの哲学者です。危害原理は、1859年の『自由論』で示されました[1]。
ミルは、文明社会のメンバーに対して、本人の意に反して力を行使してよい唯一の目的は、他人への危害を防ぐことだと述べました。本人自身の利益は、体のためであれ心のためであれ、十分な理由にはならないとしています[1]。
02どんな時代・文脈で生まれたのか
ミルが警戒したのは、王や少数の権力者の横暴だけでなく、多数者が少数者に考え方を押しつける「多数者の専制」だった。
ミルは、一人や少数者による専制だけでなく、多数者による専制にも目を向けました[1]。
民主的な社会では、法律だけでなく、世間の意見や空気も個人を縛ります。ミルは、こうした社会からの圧力から個人の自由を守る原則が必要だと考えました。
03中心の思想を、生活の言葉で
本人のためという理由で自由を奪うことは許されない。また、間違った意見であっても、封じ込めてはならない。
『自由論』(1859年)[1]
ミルは、本人の利益のために本人の自由を制限すること(パターナリズム)を認めなかった。また言論の自由を擁護し、封じ込められた意見が真実である可能性があること、たとえまったく誤った意見でも、それがあることで真実が中身のない決まり文句になるのを防ぐことなどを理由に挙げた。
よくある誤解: 危害原理は「何をしてもいい」という意味ではない。ミルは、判断力が十分に育っていない子どもなどには、この原則をそのまま当てはめないとしていた。
ミルは功利主義の立場に立つ哲学者でもあり、自由の擁護も、人間が進歩していく存在であることに基づく「最も広い意味での効用」に根拠を置いていました[1]。
04今の生活・現代社会での意味
健康のための規制、SNSでの表現の自由など、「どこまで個人の自由を認めるか」を考える際の基本的な物差しとして使われている。
本人のための規制
喫煙や危険なスポーツの規制など、「本人のため」の制限をどこまで認めるかは、危害原理をめぐる典型的な論点である。
言論の自由
不快な意見や誤った意見をどこまで認めるかという議論で、ミルの「誤った意見にも価値がある」という主張は今も引用される。
05関連する哲学者・概念
ミルの自由論は、彼が支持した功利主義と切り離せない。あわせて読むと理解が深まる。
06よくある質問
ミルの危害原理とは簡単に言うと?
社会が個人の自由に干渉してよいのは、他人への危害を防ぐ場合だけだ、という原則です。『自由論』で示されました。
「本人のため」なら自由を制限してもいい?
ミルは、本人の利益は自由を制限する十分な理由にならないとしました。ただし子どもなどにはそのまま当てはめないとしています。
ミルはなぜ誤った意見も守るべきだと考えた?
誤った意見があることで、真実が中身のない決まり文句になるのを防げるからです。封じた意見が実は正しい可能性もあるとしました。
出典
- Brink, D. "Mill's Moral and Political Philosophy." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/mill-moral-political/
- "Mill, John Stuart." Internet Encyclopedia of Philosophy. https://iep.utm.edu/milljs/
- Mill, J. S. (1859). On Liberty. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/34901
