荘子の「胡蝶の夢」とは? 夢と現実、どちらが本当の自分か

夢の中では、それが夢だと気づかないことがあります。では、今こうしている自分が夢の中ではないと、どうして言えるのでしょうか。2000年以上前の中国の思想家・荘子は、蝶になった夢をめぐる短い話で、この問いを投げかけました。
3行でわかる
- 荘子は、蝶になってひらひらと舞う夢を見た。目覚めたあと、自分が蝶の夢を見ていたのか、蝶が自分の夢を見ているのか分からなくなった。
- 荘子の思想では、どんなものも「これ」にも「あれ」にもなりうる。物事の見え方や価値の判断は、視点によって変わる。
- 役に立たない木がそのおかげで長生きする話など、常識的な価値観を揺さぶる寓話が多く残されている。
01これは何か(人物・概念の正体)
「胡蝶の夢」とは、荘子が蝶になった夢を見て、目覚めたあと、どちらが本当の自分なのか分からなくなったという寓話です。
荘子(紀元前4世紀後半)は、古代中国の道家思想の中心となる人物です[1]。
ジャイルズによる英訳では、荘子は蝶になってひらひらと飛び回り、自分が人間であることを忘れていました。ふと目覚めると、自分は人間に戻っている。しかし、人間が蝶の夢を見ていたのか、今の自分は人間の夢を見ている蝶なのか、分からないと語られます[3]。
02どんな時代・文脈で生まれたのか
荘子は、正しいとされる価値観や区別が、実は特定の視点に縛られたものではないかと問いかけた。
『荘子』のうち、最初の7篇(内篇)は、荘子自身の時代に近いものと考えられています[1]。
荘子は伝統的に老子の後継者とみなされてきましたが、現在の研究ではこの見方は大きく見直されています[1]。
03中心の思想を、生活の言葉で
どんなものも「これ」にも「あれ」にもなりうる。私たちの区別や価値判断は、自分の視点に依存している。
『荘子』内篇[1]
荘子は、どんなものも「これ」になりうるし、どんなものも「あれ」になりうると述べた。何を正しいとし、何を良いとするかは、それを判断する者の視点に依存している。また、役に立たない木が、人間にとって役に立たないおかげで切られずに長生きするという話は、荘子の最も愛された例の一つである。
よくある誤解: 荘子は「何もかもどうでもいい」と言ったのではない。一つの視点に固執することから自由になることを説いた。
荘子と論理家の恵施(恵子)との「魚の楽しみ」の問答も有名です。荘子が川の魚を見て「魚は楽しそうだ」と言うと、恵子は「君は魚ではないのに、なぜ魚の楽しみが分かるのか」と問い返しました[1]。
04今の生活・現代社会での意味
自分の見方が唯一の正解だと思い込みそうなとき、視点を変えてみるきっかけとして読まれている。
視点を変える
自分にとっての「当たり前」が、別の立場からはまったく違って見える。荘子の寓話は、その気づきを促してくれる。
役に立たないことの価値
「役に立つかどうか」だけで物事を測っていないか。役に立たない木の話は、効率や有用性だけでない価値に目を向けさせる。
05関連する哲学者・概念
同じ道家思想とされる老子や、意識の主観性を問うた現代のネーゲルと比べると、荘子の問いの広がりが見えてくる。
06よくある質問
胡蝶の夢とは簡単に言うと?
荘子が蝶になった夢を見て、目覚めたあと、自分が蝶の夢を見ていたのか、蝶が自分の夢を見ているのか分からなくなったという寓話です。
胡蝶の夢は何を伝えている?
夢と現実、自分と他のものの区別が、絶対的なものではないかもしれない、という問いを投げかけています。
荘子と老子の関係は?
伝統的には荘子は老子の後継者とされてきましたが、現在の研究ではこの見方は大きく見直されています。
出典
- Hansen, C. "Zhuangzi." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/zhuangzi/
- "Zhuangzi (Chuang-Tzu)." Internet Encyclopedia of Philosophy. https://iep.utm.edu/zhuangzi-chuang-tzu-chinese-philosopher/
- Zhuangzi. Chuang Tzu: Mystic, Moralist, and Social Reformer (H. A. Giles, Trans.). Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/59709