荀子の性悪説とは?「人は悪だ」ではなく、努力で善になるという思想

「性悪説」と聞くと、「人間は根っから悪い存在だ」という冷たい人間観を思い浮かべるかもしれません。しかし、この説を唱えた古代中国の思想家・荀子の真意は少し違いました。荀子が強調したのは、人は努力と学びによって善くなれる、ということだったのです。
3行でわかる
- 荀子は「性悪」と題した文章で、孟子の性善説を名指しで批判した。
- 荀子によれば、人の中にある善は、生まれつきではなく、自覚的な努力によって身につけた「偽(作為)」である。
- 人が善くなるためには、師の教えと、礼と道徳による変化が必要だとした。
01これは何か(人物・概念の正体)
性悪説とは、人の生まれつきの本性は、そのままにしておくと争いや害を生む方向に向かうものであり、善は後からの努力で身につけるものだ、という荀子の考えです。
荀子は、紀元前310年ごろに生まれ、紀元前238年より後に亡くなったとされる、古代中国の儒家の思想家です[1]。
荀子の門下からは、のちに大きな影響力を持つ韓非や李斯といった政治家・思想家が出ています[1]。
02どんな時代・文脈で生まれたのか
荀子の性悪説は、同じ儒家の孟子が唱えた性善説への反論として書かれた。
『荀子』第23篇「性悪」は、孟子との論争という形で書かれています[1]。
孟子は、人には生まれつき善の芽があると考えました。これに対して荀子は、善は生まれつきのものではなく、人が自らつくり出すものだと主張したのです。
03中心の思想を、生活の言葉で
人の中の善は「偽」、つまり人が自覚的に行動して身につけたもの。人が善くなるには、師の教えと礼による変化が要る。
『荀子』性悪篇[1]
荀子は「人の善なるものは偽である」と述べた。ここでいう「偽」は「いつわり」ではなく、自らの意識的な行動によって身につけた習慣や性質のことである。人の本性のままにまかせれば争いが起こるため、師の教えと、礼と道徳の道による変化が必要だとした。
よくある誤解: 性悪説は「人間は救いようのない悪だ」という主張ではない。生まれつきの衝動を省みずに放っておくと害を生むので、学びと努力で変わる必要がある、という主張である。
04今の生活・現代社会での意味
人は環境と学びによって変われる、という考え方として、教育やルールづくりの意味を考える手がかりになっている。
学びと習慣の力
善い振る舞いは生まれつきではなく、学びと習慣で身につくものだと考えると、教育や練習の意味がはっきりする。
ルールの役割
人の欲求をそのままにすると争いが起きる。だからこそ、礼やルールが人を守る役割を果たす、という見方につながる。
05関連する哲学者・概念
荀子が批判した孟子の性善説と、儒家の祖である孔子の思想をあわせて読むと理解が深まる。
06よくある質問
荀子の性悪説とは簡単に言うと?
人の本性はそのままでは争いを生むものであり、善は生まれつきではなく努力で身につけるものだ、という考えです。
「偽」とはどういう意味?
「いつわり」ではなく、人が自らの意識的な行動によって身につけた習慣や性質のことです。荀子は人の善をこう呼びました。
性悪説と性善説はどちらが正しい?
どちらが正しいとは断定できません。孟子は善の芽を育てること、荀子は努力と礼による変化を重んじ、どちらも学びの大切さを説いています。
出典
- Goldin, P. R. "Xunzi." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/xunzi/
- "Xunzi (Hsün Tzu)." Internet Encyclopedia of Philosophy. https://iep.utm.edu/xunzi/
- Van Norden, B. "Mencius." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/mencius/