ロックの「タブラ・ラサ」とは? 人は白紙の状態で生まれるのか

赤ちゃんは、生まれたときから何かを知っているのでしょうか。それとも、すべてを生まれてから学ぶのでしょうか。17世紀イギリスの哲学者ジョン・ロックは、人の心は生まれたとき「白い紙」のようなものだと考えました。この考えは「タブラ・ラサ(何も書かれていない板)」という言葉で知られています。
3行でわかる
- ロックは『人間知性論』で、人は生まれつきの観念や原理を持っていないと論じた。
- 心は生まれたとき何も書かれていない白紙のようなもので、すべての観念は経験から来るとした。
- 経験には、外の世界を感じる「感覚」と、自分の心の働きを見つめる「反省」の二つの入り口がある。
01これは何か(人物・概念の正体)
「タブラ・ラサ」とは、人の心は生まれたとき何も書かれていない白紙のようなもので、そこに経験が書き込まれていく、というロックの考えを表す言葉です。
ジョン・ロック(1632〜1704年)はイギリスの哲学者で、イギリス経験論の最初の大きな思想家とされています[1]。
主著『人間知性論』は1689年に出版されました[1]。政治哲学の『統治二論』の著者としても知られています。
02どんな時代・文脈で生まれたのか
当時は、人は生まれつき神や道徳の観念を持っているとする「生得観念」の考えが広く信じられていた。ロックはこれに反論した。
『人間知性論』の第1巻は、生まれつき心に備わっている原理や観念はない、ということを論じるために書かれています[1]。
ロックの反論の一つは、もし生まれつきの原理があるなら、すべての人が同意するはずだが、子どもなどはそうした原理をまったく理解していない、というものでした[1]。
03中心の思想を、生活の言葉で
観念はすべて経験から来る。その入り口は、外の物を感じる「感覚」と、自分の心の働きを捉える「反省」の二つ。
『人間知性論』第2巻(1689年)[1]
ロックは、すべての観念は経験から来ると考えた。経験には、目や耳などで外の物を感じる「感覚」と、考える・疑う・信じるといった自分の心の働きに気づく「反省」がある。観念には単純観念と複雑観念があり、単純観念は経験から得るしかなく、私たちはそれを組み合わせて複雑観念を作る。
よくある誤解: 「タブラ・ラサ」は、人に生まれつきの能力が何もないという意味ではない。ロックが否定したのは、生まれつき備わった観念や原理である。
04今の生活・現代社会での意味
「人は経験によって作られる」という考えは、教育や子育て、そして「生まれか育ちか」の議論の出発点の一つになっている。
教育の可能性
心が経験で形づくられるなら、どんな環境や学びを与えるかが重要になる。この発想は教育論にもつながった。
生まれか育ちか
人の性質がどこまで生まれつきで、どこまで経験によるのかという問いは、今も心理学などで議論が続いている。
05関連する哲学者・概念
理性による確実な知の土台を求めたデカルトと並べると、経験を重んじたロックの立場がよく分かる。
06よくある質問
タブラ・ラサとは簡単に言うと?
人の心は生まれたとき白紙のようなもので、すべての観念は経験から書き込まれる、というロックの考えを表す言葉です。
ロックはなぜ生得観念を否定した?
生まれつきの原理があるならすべての人が同意するはずですが、子どもなどはそれを理解していない、などの理由を挙げました。
感覚と反省の違いは?
感覚は目や耳などで外の物を感じること、反省は考える・疑うなど自分の心の働きに気づくことです。どちらも経験の入り口です。
出典
- Uzgalis, W. "John Locke." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/locke/
- "John Locke." Internet Encyclopedia of Philosophy. https://iep.utm.edu/locke/
- Locke, J. (1689). An Essay Concerning Humane Understanding, Volume 1. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/10615