ショーペンハウアーの「意志」と厭世主義とは? 人生はなぜ苦しいのか

欲しかったものを手に入れても、満足は長続きせず、すぐに次の何かが欲しくなる。そんな経験は誰にでもあるでしょう。19世紀ドイツの哲学者ショーペンハウアーは、この「求めることが終わらない」という性質こそが、世界と人生の根本にあると考えました。彼は「厭世主義(ペシミズム)の哲学者」として知られています。
3行でわかる
- ショーペンハウアーは主著『意志と表象としての世界』で、世界は「表象」であると同時に「意志」であると論じた。
- 世界の根本にある意志は、目的も知識もなく、ひたすら求め続ける盲目的な衝動である。そのため生は苦しみに満ちているとした。
- 救いの道として、美を味わう芸術体験、他者への同情、そして意志そのものを否定する禁欲を挙げた。
01これは何か(人物・概念の正体)
ショーペンハウアーのいう「意志」とは、世界のあらゆるものの根底にある、終わりなく、目的もなく求め続ける盲目的な衝動のことです。
アルトゥール・ショーペンハウアー(1788〜1860年)はドイツの哲学者です。主著『意志と表象としての世界』は1818年に完成し、同年12月に出版されました(奥付は1819年)[1]。
ショーペンハウアーは、しばしば徹底した厭世主義者(ペシミスト)とみなされています[1]。
02どんな時代・文脈で生まれたのか
ショーペンハウアーは、西洋哲学だけでなく、インドの古典にも深く学び、独自の世界観を築いた。
ショーペンハウアーは1813年12月に『バガヴァッド・ギーター』を、1814年3月に『ウパニシャッド』を読み始めています[1]。
彼の思想は、のちにニーチェ、作曲家のワーグナー、精神分析のフロイトなどに影響を与えました[1]。
03中心の思想を、生活の言葉で
世界は私たちの「表象」であり、その根底には盲目的な「意志」がある。意志は満たされることがないため、生は苦しみになる。
『意志と表象としての世界』(1818年)[1]
ショーペンハウアーは「世界は意志であり、世界は表象である」と論じた。私たちが知覚する世界は、私たちにとっての表象(見え方)である。その根底にある意志は、知識を持たず、目的もない、終わりのない努力であり盲目的な衝動だとされた。
よくある誤解: ショーペンハウアーのいう「意志」は、「意志が強い」というときの決断力のことではない。世界の根本にある、目的のない衝動を指す。
では、苦しみから逃れる道はあるのでしょうか。ショーペンハウアーは、美を味わう芸術体験、そして意志を手放していく禁欲的な態度を挙げました。また、他者への同情を道徳の中心に置きました[1]。
04今の生活・現代社会での意味
「満たされてもまた欲しくなる」という心の仕組みを見つめ、欲求との付き合い方を考える手がかりとして読まれている。
欲求の終わりのなさに気づく
手に入れても満足が続かないことを、自分の弱さではなく、求めること自体の性質として捉え直せる。
芸術と同情
音楽や美術に没頭する時間や、他者の苦しみに寄り添うことが、自分の欲求から離れるひとときになる、という見方につながる。
05関連する哲学者・概念
ショーペンハウアーから強い影響を受けたニーチェや、インドの思想とのつながりから仏教の考えと比べると理解が深まる。
06よくある質問
ショーペンハウアーの「意志」とは?
世界の根底にある、目的も知識もなく、終わりなく求め続ける盲目的な衝動のことです。決断力という意味の意志とは違います。
なぜショーペンハウアーは厭世主義者と呼ばれる?
意志は決して満たされないため、生は苦しみに満ちていると考えたからです。徹底したペシミストとみなされることが多い哲学者です。
苦しみから逃れる方法は?
美を味わう芸術体験、他者への同情、そして意志そのものを手放していく禁欲的な態度を挙げました。
出典
- Wicks, R. "Arthur Schopenhauer." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/schopenhauer/
- "Schopenhauer, Arthur." Internet Encyclopedia of Philosophy. https://iep.utm.edu/schopenh/
- "Buddha." Internet Encyclopedia of Philosophy. https://iep.utm.edu/buddha/