カフカの『変身』は何を描いたのか? 朝起きたら虫になっていた男と「不条理」

ある朝、目を覚ますと虫になっていた。それなのに主人公がまず心配したのは、仕事の列車に乗り遅れることでした。カフカは哲学者ではなく小説家ですが、この奇妙な物語は、実存主義やカミュの「不条理」の哲学の側から繰り返し読まれてきました。この記事では、作品の中身と、哲学がそれをどう読んだかを分けて紹介します。
3行でわかる
- 『変身』は、家族を養う外回りの営業マンが、ある朝とつぜん巨大な虫になり、家族から厄介者にされていく小説(1912年執筆、1915年発表)。
- カミュは、虫になっても上司の怒りを気にする主人公の「自然さ」に、日常と悲劇が重なるカフカの技を見た。
- ただしカミュは、カフカの作品全体は最後に「希望」へ逃れるので、おそらく本当の意味で不条理ではない、とも書いている。
01これは何か(作品の正体)
『変身』は、プラハ生まれの作家フランツ・カフカ(1883〜1924年)がドイツ語で書いた中編小説で、1912年に書かれ、1915年に発表された。
カフカは労働者災害保険局に勤めながら小説を書いた人で、哲学の論文を書いたわけではありません[3]。この記事で紹介する「不条理」などの読み方は、後の哲学者たちが作品に与えた解釈です。
物語は次の一文で始まります。「ある朝、グレゴール・ザムザが落ち着かない夢から目を覚ますと、自分がベッドの中で途方もなく大きな虫に変わっているのに気づいた」[1]。
「虫」と訳される原語ウンゲツィーファー(Ungeziefer)は、害虫やけがらわしい生き物を広く指す言葉で、特定の種類を名指していません[3]。カフカは1915年10月25日、出版社への手紙で、表紙について「虫そのものは描けません。遠くからでさえ見せることはできません」と書き送っています[4]。
物語の流れ(全3章)
- 第1章: 虫になったグレゴールは、5時の列車に乗り遅れたことを気にする。様子を見に来た会社の上役は、彼の声を「動物の声だ」と言う[1]。
- 第2章: 妹が食事を運び、世話をする。父は家計の見通しを話す。部屋から出たグレゴールに、父がリンゴを投げつけ、1つが背中にめり込む[1]。
- 第3章: リンゴは1か月以上背中に残ったまま。家族は働きに出て、3人の間借り人を置く。妹が「いなくなってもらうしかない」と言った夜が明けるころ、グレゴールは息を引き取る。家族は路面電車で郊外へ出かける[1]。
02どんな時代・文脈で生まれたのか
グレゴールは、父の商売が失敗した後、両親が上司に負った借金を返しながら一家を養う「稼ぎ手」だった。この働く日常こそが、物語の舞台になっている。
作中のグレゴールは、5年前に父の商売が失敗して以来、外回りの営業マンとして家族を支えてきました。両親が上司に負った借金を返すまで「あと5、6年はかかる」と考えています[1]。17歳の妹をお金のかかる音楽学校に入れる計画も、ひそかに温めていました[1]。
スタンフォード哲学百科事典の「実存主義」の項目は、実存主義の中心にある考えを照らし出した文学の一つとしてカフカの名を挙げています。また、カフカらの小説は、生活が顔の見えない官僚に管理される社会の空しさや不安をとらえた、と説明しています[5]。
03哲学はどう読んだか(カミュの「不条理」)
カミュは、とんでもない出来事を当たり前のように受けとめる主人公の態度に、日常と悲劇が重なる「不条理」の手ざわりを見た。
「不条理」とは、意味を求める人間と、何も答えてくれない世界とのずれを指すカミュの言葉です[6](詳しくはカミュの「不条理」とシーシュポスの記事)。カミュは『シーシュポスの神話』の付録「フランツ・カフカの作品における希望と不条理」で、『変身』に触れています[2]。
カミュ「フランツ・カフカの作品における希望と不条理」(『シーシュポスの神話』付録)[2]
カミュによれば、『変身』は「明晰さの倫理」を恐ろしい姿で描いたものであり、同時に、人が苦もなく獣になってしまうと気づいたときの、はかりしれない驚きから生まれた作品でもある。主人公が営業マンなのも、虫になった彼を悩ませるのが上司の怒りだけなのも、日常の論理と悲劇をつなぐためだ、とカミュは読んだ。
引用はJ・オブライエンの英訳からの本記事による訳。カミュは、こうした「普通」と「とんでもないこと」の行き来にカフカの秘密がある、と書いている。
同じ論考の結論部分[2]
一方でカミュは、カフカの作品(特に『城』)は最後に神への「希望」へと飛び移っており、キルケゴールと同じ道をたどっている、と考えた。そのため「彼の作品はおそらく不条理ではない」と書いている。
よくある誤解: カミュがカフカを「不条理の作家」として全面的に認めた、というのは不正確。称賛しつつも、希望へ逃れる点では自分と立場が違う、と線を引いている。
カミュが退けた「希望への跳躍」については、キルケゴールの「実存の三段階」の記事も参考になります。
04今の生活・現代社会での意味
『変身』は、役に立てなくなった人を周りがどう扱うか、そして異常な事態にも慣れてしまう日常の怖さを考える手がかりになる。
「役に立つ」ことと人の価値
稼げなくなったグレゴールを、妹はやがて「これがグレゴールだという考えを捨てなくちゃ」と言い、「それ」と呼ぶ[1]。働けなくなった人を家族や社会がどう見るかを、読者に問いかける場面として読まれている。
慣れてしまうことの怖さ
虫になっても列車と上司を気にする姿は、カミュの言う「自然さ」そのものだ。カミュは別の章で、起床、電車、仕事、食事という繰り返しの中で、ある日「なぜ」が立ち上がると書いた[2]。『変身』を、その問いが立ち上がらないまま日常が続く怖さとして読むこともできる。
なお、この2つはあくまで読み方の例です。カフカ自身がこう意図した、という証拠があるわけではありません。働くことが人をよそよそしくするという見方は、マルクスの「疎外」と重ねて読まれることもあります。
05関連する哲学者・概念
カミュの不条理の哲学と、カミュが「希望への跳躍」と呼んで比べたキルケゴールを合わせて読むと、カフカの位置が見えてくる。
06よくある質問
『変身』のグレゴールは何の虫になったの?
原文は「ウンゲツィーファー(害虫・けがらわしい生き物)」という広い言葉で、種類は書かれていません。カフカは表紙に虫を描かないよう出版社に頼んでいます。作中で家政婦が「フンコロガシ」と呼ぶ場面はありますが、彼女なりの親しげな呼びかけとして書かれています。
『変身』は実存主義の小説なの?
カフカ自身は哲学者ではなく、実存主義を名乗ってもいません。ただ、スタンフォード哲学百科事典が実存主義の考えを照らした文学として挙げるなど、哲学の側から実存主義的に読まれてきた作品です。
カミュはカフカをどう評価したの?
日常と悲劇を重ねて不条理を描く技を高く評価しました。一方で、カフカの作品は最後に希望へ逃れるので「おそらく不条理ではない」とも書いています。
出典
- Kafka, F. Die Verwandlung. Kurt Wolff Verlag(Project Gutenberg #22367). https://www.gutenberg.org/ebooks/22367 / 英訳: Kafka, F. Metamorphosis. Trans. D. Wyllie(Project Gutenberg #5200). https://www.gutenberg.org/ebooks/5200(本文の引用は原文からの本記事による訳)
- Camus, A. "Hope and the Absurd in the Work of Franz Kafka." In The Myth of Sisyphus and Other Essays. Trans. J. O'Brien. Hamish Hamilton, 1955 / Vintage Books.(原著: Le Mythe de Sisyphe, 1942)
- "The Metamorphosis." / "Franz Kafka." Wikipedia(執筆・発表年、Ungeziefer の語義、カフカの生没年の確認に使用). https://en.wikipedia.org/wiki/The_Metamorphosis / https://en.wikipedia.org/wiki/Franz_Kafka
- Herweg, N. (2024). "Kafkas erster Verleger." Münchner Beiträge zur jüdischen Geschichte und Kultur, Heft 1, 60–68. doi:10.5282/mb-jgk/331. https://mb-jgk.ub.uni-muenchen.de/index.php/mbjgk/article/view/331
- Aho, K. "Existentialism." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/existentialism/
- Aronson, R. "Albert Camus." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/camus/


