パスカルの賭けとは? 神を信じるほうが「得」だという議論

神は存在するのか。この問いに、理性で決着をつけることはできるでしょうか。17世紀フランスの数学者・哲学者パスカルは、「できない」と考えました。そのうえで彼は、まったく別の角度からこの問題に答えようとしました。神を信じるかどうかを、一種の「賭け」として考えたのです。
3行でわかる
- パスカルは、理性では神の存在を決められないとしたうえで、神を信じる側に賭けるのが合理的だと論じた。
- 神が存在すれば信じた者は無限のものを得て、存在しなくても失うものはわずかだ、という損得の比較がその中心にある。
- この議論は意思決定理論への最初の本格的な貢献とも評されるが、「どの神に賭けるのか」などの反論も多い。
01これは何か(人物・概念の正体)
パスカルの賭けとは、神が存在するかどうか分からない以上、信じる側に賭けたほうが期待できる結果が大きいので合理的だ、という議論です。
この議論は、パスカルの死後、1670年に出版された『パンセ』に収められています[1]。
パスカルは「理性はここでは何も決められない」と述べ、神の存在を理性で証明することも否定することもできないと考えました[1]。
02どんな時代・文脈で生まれたのか
パスカルは、賭けないという選択肢はないと考えた。私たちはすでに人生という船に乗り込んでいるからだ。
パスカルは「あなたは賭けなければならない。それは任意ではない」と書きました[1]。信じるか信じないかの判断を保留することも、結果としてはどちらかを選んでいるのと同じだというのです。
そのうえでパスカルは、二つの選択肢を損得の面から比べることを提案しました。
03中心の思想を、生活の言葉で
神がいれば、信じた者はすべてを得る。いなければ、失うものは何もないに等しい。だから迷わず神がいるほうに賭けよ。
『パンセ』(1670年刊)[1]
パスカルは「勝てばすべてを得る。負けても何も失わない。だから、ためらわずに神は存在するほうに賭けなさい」と述べた。また、信じようとしても信じられない人には、信じているかのように振る舞うこと、つまり聖水を受けたりミサを頼んだりすることで、信仰が後からついてくると助言した。
よくある誤解: パスカルの賭けは、神の存在の証明ではない。存在が分からないという前提で、どう行動するのが合理的かを論じたものである。
この議論には多くの反論があります。代表的なのは、信じるべき神の候補は一つではない、という「多くの神々」の反論です。ディドロは、イスラム教の指導者も同じ理屈を使えると指摘しました[1]。
04今の生活・現代社会での意味
結果が分からない中で、得られるものと失うものを比べて選ぶという考え方は、意思決定の基本的な発想として今も参照される。
不確実な中での選択
確率が分からないときでも、起こりうる結果の大きさを比べて判断するという発想は、意思決定理論の出発点の一つとされる。
行動が信念をつくる
信じているかのように振る舞うと信念が後からついてくる、という助言は、行動と気持ちの関係を考える手がかりにもなる。
05関連する哲学者・概念
神という土台をめぐる問いは、のちのニーチェやキルケゴールにも引き継がれた。
06よくある質問
パスカルの賭けとは簡単に言うと?
神の存在は理性では分からないが、信じる側に賭けたほうが得られるものが大きいので合理的だ、という議論です。『パンセ』に収められています。
パスカルの賭けへの主な反論は?
信じるべき神の候補は一つではない、という「多くの神々」の反論が代表的です。信仰は意志で選べない、という批判もあります。
信じられない人はどうすればいいとパスカルは言った?
信じているかのように振る舞うこと、たとえば聖水を受けたりミサを頼んだりすることで、信仰が後からついてくると助言しました。
出典
- Hájek, A. "Pascal's Wager." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/pascal-wager/
- "Pascal's Wager about God." Internet Encyclopedia of Philosophy. https://iep.utm.edu/pasc-wag/
- Clarke, D., & Wood, W. "Blaise Pascal." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/pascal/