ボードリヤールの「シミュラークル」とは? 本物よりもコピーがリアルになる社会

ディズニーランドが「作り物の世界」であることは、誰もが知っています。ところがフランスの思想家ボードリヤールは、ディズニーランドは「外の世界は本物だ」と信じさせるためにある、と書きました。コピーが本物を写すのではなく、コピーのほうが先に立って「現実」を形づくる。これが「シミュラークル」という考え方です。
3行でわかる
- シミュラークルとは、本物を写したはずのコピーや像が、写す元の現実を失い、それ自体が現実のように働くもの。
- ボードリヤールは『シミュラークルとシミュレーション』(1981年)で、像が現実から離れていく流れを4段階で示した。
- 最後には本物と偽物の区別そのものが揺らぎ、「現実以上に現実らしい」ハイパーリアルが生まれる、と論じた。
01これは何か(人物・概念の正体)
シミュラークルとは、元になる現実を持たなくなったコピーや像のことです。ボードリヤールは、現代社会ではこうした像や記号が現実に取って代わっていると論じました。
ジャン・ボードリヤール(1929〜2007年)は、フランスの思想家です[1]。ポストモダン(近代の後の時代のあり方を論じる思想)の代表的な論者とされます[1]。
シミュラークルは、もともと「似姿」「模造品」を意味する言葉です。主著『シミュラークルとシミュレーション』は1981年に出版されました[2]。
この本でボードリヤールは、シミュレーションを「起源も現実性もない現実を、モデルによって生み出すこと」と定義します[3]。そうして生まれたものが「ハイパーリアル」です。現実以上に現実らしいもの、という意味です。
02どんな時代・文脈で生まれたのか
広告やテレビが生活を埋め尽くした20世紀後半に生まれた考えです。ボードリヤールは消費社会の分析から出発し、やがて記号が現実そのものを置き換えると考えるようになりました。
初期の著作『物の体系』(1968年)や『消費社会』(1970年)で、ボードリヤールは商品の「記号価値」に注目しました[1]。人は役に立つからだけでなく、スタイルや格の高さを示す「しるし」として物を買う、という見方です。
さらに彼は、社会の組み立て方の違いを次のように描きました[1]。
- 近代社会: 商品の生産と消費を軸に組み立てられる。
- ポストモダン社会: シミュレーションと、イメージ・記号の戯れを軸に組み立てられる。コードやモデルが、人の考え方や他人との関わり方を決めていく。
03中心の思想を、生活の言葉で
像は「現実を映す」段階から、最後には「どんな現実とも関係を持たない」段階へ進む、とボードリヤールは考えました。そのとき本物と偽物の区別そのものが揺らぎます。
ボードリヤールは、像(イメージ)がたどる段階を4つに分けました[3]。
- 基本的な現実を映し出す(よい見かけ)。
- 基本的な現実を覆い隠し、ゆがめる(悪い見かけ)。
- 基本的な現実が無いことを覆い隠す(見かけであるふりをする)。
- どんな現実とも関係を持たない。それ自身の純粋なシミュラークルになる。
決定的な転換点は、3から4への移り目です。「何かを隠す記号」から「何も無いことを隠す記号」へ変わる、と彼は書いています[3]。
『シミュラークルとシミュレーション』(1981年)冒頭、地図と領土の寓話[3]
ボルヘスの短い寓話では、帝国の地図職人が国土をぴったり覆うほど詳しい地図を作り、帝国が衰えると地図は砂漠でぼろぼろになる。ボードリヤールはこれを逆転させた。「領土はもはや地図に先立たず、地図より長く生き残ることもない。これからは地図が領土に先立つ」。朽ちていくのは地図ではなく現実のほうであり、残るのは「現実そのものの砂漠」だという。
引用は英訳(M. Poster編, 1988)から当メディアが訳出。地図は「モデル」、領土は「現実」のたとえ。モデルが先にあり、現実がそれに合わせて作られる状態を指している。
同書、ディズニーランドの例[3]
「ディズニーランドが想像の世界として示されるのは、それ以外が現実だと私たちに信じさせるためだ」。ボードリヤールによれば、実際にはロサンゼルスも、それを取り巻くアメリカも、すでに現実ではなくハイパーリアルとシミュレーションの次元にある。
よくある誤解: 「偽物にだまされている」という話ではない。だまされているだけなら本物を探せばよい。問題は、本物と偽物を分ける区別そのものが失われることだ、と彼は言う。
同書は「ふりをする」こととシミュレーションの違いを、病気のたとえで説明します[3]。仮病の人は、ただ寝込んで病気のふりをするだけです。これに対し、病気をシミュレートする人は、自分の体に実際にいくつかの症状を生み出してしまいます。ふりなら本物との差ははっきりしていますが、シミュレーションは「本当」と「うそ」の差そのものを脅かすのです。
04今の生活・現代社会での意味
加工写真やAI生成画像のように、元の現実を持たない像があふれる今、この概念は考える道具として引かれます。ただし、以下はボードリヤール本人の主張ではなく、現代への応用です。
スタンフォード哲学百科事典は、ハイパーリアルの例として、メディアの現実描写、テーマパーク、ショッピングモール、テレビのスポーツ中継、仮想現実ゲーム、ソーシャルネットワーキングサイトを挙げています[1]。
SNSの「映える」写真
写真での見え方が先に決まり、店や景色のほうがその写真に合わせて作られることがある。「地図が領土に先立つ」の応用として読める。
AIが生成した画像や文章
実在しない人物や風景の、写真のような画像。「どんな現実とも関係を持たない像」という第4段階を考える身近な例になる。
映画『マトリックス』との関係
1999年の映画には本書が小道具として登場する[4]。ただし本人は2003年のインタビューで、映画はシミュレーションという新しい問題を、プラトンが論じた「錯覚」という古い問題と取り違えている、と述べた[4]。
マトリックスの世界には、偽の世界の外に「本当の現実」があります。これはプラトンの洞窟の比喩に近い構図です。ボードリヤールが問題にしたのは、その「外の本物」自体が見当たらなくなる事態でした[4]。
05関連する哲学者・概念
「本物の外の世界」を前提にするプラトンやノージックと比べると、その前提を疑うボードリヤールの特徴がよく見えます。
06よくある質問
シミュラークルとは簡単に言うと?
本物を写したはずのコピーや像が、写す元の現実を持たなくなり、それ自体が「現実」のように働くものです。ボードリヤールは『シミュラークルとシミュレーション』(1981年)でこの考えを論じました。
ハイパーリアルとは?
起源も現実性もない「現実」を、モデルが生み出したものです。現実以上に現実らしく感じられ、本物と作り物の区別が意味を持たなくなった状態を指します。
映画『マトリックス』はボードリヤールの思想そのもの?
そうとは言えません。作中には本書が小道具として登場しますが、ボードリヤール本人は2003年のインタビューで、この映画はシミュレーションという新しい問題を、プラトン以来の「錯覚」という古い問題と取り違えていると述べています。
出典
- Kellner, D. "Jean Baudrillard." Stanford Encyclopedia of Philosophy (substantive revision 2019). https://plato.stanford.edu/entries/baudrillard/
- Olkowski, D. E. "Postmodernism." Internet Encyclopedia of Philosophy(第7節 Baudrillard's Logic of Simulation). https://iep.utm.edu/postmodernism/
- Baudrillard, J. "Simulacra and Simulations." In Jean Baudrillard, Selected Writings, ed. M. Poster, Stanford University Press, 1988, pp. 166-184(原著 Simulacres et simulation, 1981。邦訳は竹原あき子訳『シミュラークルとシミュレーション』法政大学出版局, 1984). https://web.stanford.edu/class/history34q/readings/Baudrillard/Baudrillard_Simulacra.html
- Laist, R. "Bullet-Time in Simulation City: Revisiting Baudrillard and The Matrix by way of the 'Real 1999'." Alphaville: Journal of Film and Screen Media, Issue 2(A. Lancelin による Le Nouvel Observateur 2003年6月19〜25日号のインタビューを引用). https://alphavillejournal.com/Issue%202/HTML/ArticleLaist.html


