現代思想
分析哲学・ポストモダン、AI時代の倫理など現代の哲学
ネーゲルの「コウモリであるとはどのようなことか」とは? 意識の主観性という難問
ある生き物に意識があるとは、その生き物で「あること」が何らかの感じであること。その主観的な感じは、客観的な説明では捉えきれない。
アーレントの「悪の陳腐さ」とは? 普通の人が巨大な悪に加担する理由
アイヒマンは怪物ではなく、考えることのできない普通の人だった。悪の陳腐さとは、悪行の軽さではなく、行為者の動機の浅さを指す。
サールの「中国語の部屋」とは? AIは言葉を本当に理解しているのか
規則どおりに記号を操作しても、意味を理解したことにはならない。サールは、プログラムだけでは心は生まれないと論じた。
テセウスの船とは? 部品をすべて替えても同じ船と言えるのか
板を一枚ずつ全部替えた船は同じ船か。外した板で組み直した船とどちらが本物か。物が「同じであり続ける」とは何かを問う思考実験。
ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」とは? 言葉の意味は使い方で決まる
言葉を話すことは生活の活動の一部。言葉の意味は、辞書的な定義ではなく、言語の中での使い方にあると後期ウィトゲンシュタインは考えた。
ポパーの「反証可能性」とは? 科学と疑似科学を分けるもの
科学の理論は、観察によって間違いだと示される可能性を持たなければならない。何でも説明できる理論は、むしろ科学ではないとポパーは考えた。
フーコーの「パノプティコン」とは? 見られているかもしれない社会の権力
中央の塔から常に見られうる監獄パノプティコン。フーコーはそこに、学校や工場や病院にも広がる近代の「規律権力」の原理を見た。
クーンの「パラダイムシフト」とは? 科学はまっすぐ進歩するのか
科学は、パラダイムの中での「パズル解き」と、変則事例がたまって起きる「科学革命」を繰り返す。新旧のパラダイムは同じ物差しで比べられないこともある。