フーコーの「パノプティコン」とは? 見られているかもしれない社会の権力
見張りがいるかどうか分からない監視カメラの前で、人は自然と行儀よく振る舞います。実際に見られているかどうかは関係ありません。フランスの哲学者フーコーは、こうした「見られているかもしれない」という状態が、近代社会の権力の本質を表していると考えました。その手がかりになったのが、ある監獄の設計図です。
3行でわかる
- パノプティコンは、哲学者ベンサムが考案した監獄の設計で、中央の塔から全員を見渡せるが、囚人からは監視者が見えない。
- フーコーは『監獄の誕生』(1975年)で、この仕組みを、学校・工場・病院などに広がる近代の「規律権力」のモデルとして分析した。
- フーコーにとって権力とは、抑えつけるだけのものではなく、人のあり方を生み出していくものだった。
01これは何か(人物・概念の正体)
パノプティコンとは、中央の監視塔から、周囲の独房にいるすべての囚人を常に見渡せるように設計された監獄です。フーコーはこれを、近代社会の権力の仕組みを表すモデルとして使いました。
ミシェル・フーコー(1926〜1984年)は、フランスの歴史家・哲学者です[1]。
パノプティコンでは、囚人は一人ずつ独房に分けられて互いに見えず、中央の塔の監視者からは常に見える位置に置かれます[1]。この設計は、イギリスの哲学者ベンサムによるものです。
02どんな時代・文脈で生まれたのか
フーコーは、公開の場で体を罰する刑罰から、監獄で人を矯正する刑罰へという歴史の変化を手がかりに、近代の権力を探った。
『監獄の誕生』(原題『監視と処罰』、1975年)は、近代のより「穏やかな」犯罪者の収監のやり方が、どのように生まれたかをたどった研究です[1]。
かつての刑罰は、公開の場で体に苦痛を与える見せしめでした。近代になると、刑罰は監獄の中で人を監視し、矯正するものへと変わっていきます[1]。
03中心の思想を、生活の言葉で
見られているかもしれない状態に置かれると、人は自分で自分を律するようになる。この原理は監獄だけでなく、社会のさまざまな場所に広がっている。
『監獄の誕生』(1975年)[1]
フーコーは、パノプティコンの原理は監獄だけでなく、工場、病院、学校など、規律によって人を管理するあらゆる仕組みに当てはまると論じた。規律の技術は、階層的な監視、標準に照らした評価、試験といった方法によって、従順な身体をつくり出す。これは、力の行使と真理の確立を一体にした「権力/知」の典型例だとされた。
よくある誤解: フーコーのいう権力は、上から押さえつけるだけのものではない。人の振る舞いや自己理解そのものを生み出していく、生産的な働きを持つ。
04今の生活・現代社会での意味
学校の成績評価、職場の人事評価、SNSでの「いいね」など、見られ評価されることで自分を律する仕組みを考えるときに参照される。
評価と自己管理
テストや評価制度は、人を標準に照らして測り、自分で自分を管理するよう促す。フーコーの分析は、その仕組みを意識するきっかけになる。
監視社会を考える
監視カメラやデータ収集が広がる中で、「見られているかもしれない」ことが人の行動をどう変えるかを考える手がかりになっている。
05関連する哲学者・概念
国家の権力を契約から説明したホッブズと比べると、フーコーが権力を捉える視点の違いが際立つ。
06よくある質問
パノプティコンとは簡単に言うと?
中央の監視塔から、周囲の独房のすべての囚人を常に見渡せるように設計された監獄です。ベンサムが考案しました。
フーコーはなぜパノプティコンに注目した?
見られているかもしれない状態が人に自分を律させる、という近代の「規律権力」の原理を、最もよく表すモデルだと考えたからです。
規律権力とは?
監視、標準に照らした評価、試験などを通じて、人を管理し、従順な身体をつくり出す権力のことです。学校や工場、病院にも見られます。
出典
- Gutting, G., & Oksala, J. "Michel Foucault." Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.stanford.edu/entries/foucault/
- "Foucault, Michel." Internet Encyclopedia of Philosophy. https://iep.utm.edu/foucault/
- "Bentham, Jeremy." Internet Encyclopedia of Philosophy. https://iep.utm.edu/jeremy-bentham/