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AI・心・科学を考えるための哲学
AIは言葉を理解しているのか、心と体はどう関係するのか、科学はなぜ信頼できるのか。AIのニュースが増えた今あらためて注目されている問いを、哲学の古典的な議論から考えます。
まず知っておきたいこと
- 「AIは理解しているか」という問いは、サールの「中国語の部屋」で40年以上前から議論されています。
- 意識の問題は、デカルトの心身二元論からネーゲルのコウモリまでつながっています。
- 科学と疑似科学の違いは、ポパーとクーンで見方が分かれます。

サールの「中国語の部屋」とは? AIは言葉を本当に理解しているのか
規則どおりに記号を操作しても、意味を理解したことにはならない。サールは、プログラムだけでは心は生まれないと論じた。

ネーゲルの「コウモリであるとはどのようなことか」とは? 意識の主観性という難問
ある生き物に意識があるとは、その生き物で「あること」が何らかの感じであること。その主観的な感じは、客観的な説明では捉えきれない。

デカルトの心身二元論とは? 心と体は別物なのか
心は「考えるもの」、体は「広がりを持つもの」。別々の実体だとすると、心はどうやって体を動かすのかという難問が残る。

ノージックの「経験機械」とは? 幸せな体験だけで人生は満たされるか
望む体験を何でも味わえる機械に一生つながれたいか。多くの人がためらうなら、快い体験だけが幸福の中身ではないことになる。

テセウスの船とは? 部品をすべて替えても同じ船と言えるのか
板を一枚ずつ全部替えた船は同じ船か。外した板で組み直した船とどちらが本物か。物が「同じであり続ける」とは何かを問う思考実験。

ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」とは? 言葉の意味は使い方で決まる
言葉を話すことは生活の活動の一部。言葉の意味は、辞書的な定義ではなく、言語の中での使い方にあると後期ウィトゲンシュタインは考えた。

ポパーの「反証可能性」とは? 科学と疑似科学を分けるもの
科学の理論は、観察によって間違いだと示される可能性を持たなければならない。何でも説明できる理論は、むしろ科学ではないとポパーは考えた。

クーンの「パラダイムシフト」とは? 科学はまっすぐ進歩するのか
科学は、パラダイムの中での「パズル解き」と、変則事例がたまって起きる「科学革命」を繰り返す。新旧のパラダイムは同じ物差しで比べられないこともある。

ヒュームの帰納法の問題とは?「明日も太陽が昇る」は証明できるか
経験から未来を予測するには「未来は過去に似ている」という前提が要る。だがそれは正当化できない。人を推論させているのは理性ではなく習慣だ。